十円札
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)初夏《しょか》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)東京|行《ゆき》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十三年八月)
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ある曇った初夏《しょか》の朝、堀川保吉《ほりかわやすきち》は悄然《しょうぜん》とプラットフォオムの石段を登って行った。と云っても格別大したことではない。彼はただズボンのポケットの底に六十何銭しか金のないことを不愉快に思っていたのである。
当時の堀川保吉はいつも金に困っていた。英吉利《イギリス》語を教える報酬《ほうしゅう》は僅かに月額六十円である。片手間《かたてま》に書いている小説は「中央公論《ちゅうおうこうろん》」に載った時さえ、九十銭以上になったことはない。もっとも一月《ひとつき》五円の間代《まだい》に一食五十銭の食料の払いはそれだけでも確かに間《ま》に合って行った。のみならず彼の洒落《しゃ》れるよりもむしろ己惚《うぬぼ》れるのを愛していたことは、――少くともその経済的意味を重んじていたことは事実である。
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