がある。

     蓮鷺図

 志賀直哉《しがなほや》氏の蔵する宋画《そうぐわ》に、蓮花《れんくわ》と鷺《さぎ》とを描《ゑが》いたのがある。南蘋《なんぴん》などの蓮の花は、この画《ゑ》よりも所謂《いはゆる》写生に近い。花瓣の薄《うす》さや葉の光沢《くわうたく》は、もつと如実《によじつ》に写してある。しかしこの画の蓮のやうに、空霊澹蕩《くうれいたんたう》たる趣はない。
 この画の蓮は花でも葉でも、悉《ことごとく》どつしり落ち着いてゐる。殊に蓮の実の如きは、古色を帯びた絹の上に、その実の重さを感ぜしめる程、金属めいた美しさを保つてゐる。鷺《さぎ》も亦《また》唯の鷺ではない。背中の羽根を逆《さかさ》に撫《な》でたら、手の平に羽先《はさき》がこたへさうである。かう云ふ重々しい全体の感じは、近代の画にないばかりではない。大陸の風土に根を下《おろ》した、隣邦の画にのみ見られるものである。
 日本の画は勿論《もちろん》支那の画と、親類同士の間がらである。しかしこの粘《ねば》り強さは、古画や南画にも見当らない。日本のはもつと軽みがある。同時に又もつと優しみがある。八大《はちだい》の魚や新羅《しんら》
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