と思うことはございまする。」
「何じゃ、それは?」
「四日ほど前のことでございまする。御指南番《ごしなんばん》山本小左衛門殿《やまもとこざえもんどの》の道場に納会《のうかい》の試合がございました。その節わたくしは小左衛門殿の代りに行司《ぎょうじ》の役を勤めました。もっとも目録《もくろく》以下のものの勝負だけを見届けたのでございまする。数馬の試合を致した時にも、行司はやはりわたくしでございました。」
「数馬の相手は誰がなったな?」
「御側役《おそばやく》平田喜太夫殿《ひらたきだいふどの》の総領《そうりょう》、多門《たもん》と申すものでございました。」
「その試合に数馬《かずま》は負けたのじゃな?」
「さようでございまする。多門《たもん》は小手《こて》を一本に面《めん》を二本とりました。数馬は一本もとらずにしまいました。つまり三本勝負の上には見苦《みぐる》しい負けかたを致したのでございまする。それゆえあるいは行司《ぎょうじ》のわたくしに意趣を含んだかもわかりませぬ。」
「すると数馬はそちの行司に依怙《えこ》があると思うたのじゃな?」
「さようでございまする。わたくしは依怙は致しませぬ。依怙
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