門は苦《にが》にがしそうに、「かほどの傷も痛まなければ、活《い》きているとは申されませぬ」と答えた。爾来《じらい》治修は三右衛門を正直者だと思っている。あの男はとにかく巧言《こうげん》は云わぬ、頼もしいやつだと思っている。
 こう云う治修は今度のことも、自身こう云う三右衛門に仔細《しさい》を尋ねて見るよりほかに近途《ちかみち》はないと信じていた。
 仰せを蒙《こうむ》った三右衛門は恐る恐る御前《ごぜん》へ伺候《しこう》した。しかし悪びれた気色《けしき》などは見えない。色の浅黒い、筋肉の引き緊《しま》った、多少|疳癖《かんぺき》のあるらしい顔には決心の影さえ仄《ほの》めいている。治修はまずこう尋ねた。
「三右衛門、数馬《かずま》はそちに闇打ちをしかけたそうじゃな。すると何かそちに対し、意趣《いしゅ》を含んで居ったものと見える。何に意趣を含んだのじゃ?」
「何に意趣を含みましたか、しかとしたことはわかりませぬ。」
 治修はちょいと考えた後《のち》、念を押すように尋ね直した。
「何もそちには覚えはないか?」
「覚えと申すほどのことはございませぬ。しかしあるいはああ云うことを怨《うら》まれたか
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