を開いた。しかしその口を洩《も》れた言葉は「なぜ」に対する答ではない。意外にも甚だ悄然《しょうぜん》とした、罪を謝する言葉である。
「あたら御役《おやく》に立つ侍を一人、刀の錆《さび》に致したのは三右衛門の罪でございまする。」
 治修《はるなが》はちょっと眉《まゆ》をひそめた。が、目は不相変《あいかわらず》厳《おごそ》かに三右衛門の顔に注がれている。三右衛門はさらに言葉を続けた。
「数馬《かずま》の意趣《いしゅ》を含んだのはもっともの次第でございまする。わたくしは行司《ぎょうじ》を勤めた時に、依怙《えこ》の振舞《ふるま》いを致しました。」
 治修はいよいよ眉をひそめた。
「そちは最前《さいぜん》は依怙は致さぬ、致す訣《わけ》もないと申したようじゃが、……」
「そのことは今も変りませぬ。」
 三右衛門は一言《ひとこと》ずつ考えながら、述懐《じゅっかい》するように話し続けた。
「わたくしの依怙と申すのはそう云うことではございませぬ。ことさらに数馬を負かしたいとか、多門《たもん》を勝たせたいとかと思わなかったことは申し上げた通りでございまする。しかし何もそればかりでは、依怙がなかったとは申さ
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