は脱《ぬ》いで居ったようでございまする。と、二《に》の太刀《たち》が参りました。二の太刀はわたくしの羽織の袖《そで》を五寸ばかり斬り裂きました。わたくしはまた飛びすさりながら、抜き打ちに相手を払いました。数馬の脾腹《ひばら》を斬られたのはこの刹那《せつな》だったと思いまする。相手は何か申しました。………」
「何かとは?」
「何と申したかはわかりませぬ。ただ何か烈しい中に声を出したのでございまする。わたくしはその時にはっきりと数馬だなと思いました。」
「それは何か申した声に聞き覚えがあったと申すのじゃな?」
「いえ、左様ではございませぬ。」
「ではなぜ数馬と悟《さと》ったのじゃ?」
治修はじっと三右衛門を眺めた。三右衛門は何とも答えずにいる。治修はもう一度|促《うなが》すように、同じ言葉を繰り返した。が、今度も三右衛門は袴《はかま》へ目を落したきり、容易に口を開こうともしない。
「三右衛門、なぜじゃ?」
治修はいつか別人のように、威厳のある態度に変っていた。この態度を急変するのは治修の慣用手段《かんようしゅだん》の一つである。三右衛門はやはり目を伏せたまま、やっと噤《つぐ》んでいた口
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