をなしつつ、圜揚《まるあ》げ(圜《まる》トハ鳥ノ肝《きも》ヲ云《いう》)の小刀《さすが》を隻手《せきしゅ》に引抜き、重玄を刺さんと飛びかかりしに、上様《うえさま》には柳瀬《やなせ》、何をすると御意《ぎょい》あり。清八はこの御意をも恐れず、御鷹《おたか》の獲物はかかり次第、圜《まる》を揚げねばなりませぬと、なおも重玄を刺《さ》さんとせし所へ、上様にはたちまち震怒《しんど》し給い、筒《つつ》を持てと御意あるや否や、日頃|御鍛錬《ごたんれん》の御手銃《おてづつ》にて、即座に清八を射殺し給う。」
第二に治修《はるなが》は三右衛門《さんえもん》へ、ふだんから特に目をかけている。嘗《かつて》乱心者《らんしんもの》を取り抑えた際に、三右衛門ほか一人《ひとり》の侍《さむらい》は二人《ふたり》とも額に傷を受けた。しかも一人は眉間《みけん》のあたりを、三右衛門は左の横鬢《よこびん》を紫色に腫《は》れ上《あが》らせたのである。治修はこの二人を召し、神妙の至りと云う褒美《ほうび》を与えた。それから「どうじゃ、痛むか?」と尋ねた。すると一人は「難有《ありがた》い仕合せ、幸い傷は痛みませぬ」と答えた。が、三右衛門は苦《にが》にがしそうに、「かほどの傷も痛まなければ、活《い》きているとは申されませぬ」と答えた。爾来《じらい》治修は三右衛門を正直者だと思っている。あの男はとにかく巧言《こうげん》は云わぬ、頼もしいやつだと思っている。
こう云う治修は今度のことも、自身こう云う三右衛門に仔細《しさい》を尋ねて見るよりほかに近途《ちかみち》はないと信じていた。
仰せを蒙《こうむ》った三右衛門は恐る恐る御前《ごぜん》へ伺候《しこう》した。しかし悪びれた気色《けしき》などは見えない。色の浅黒い、筋肉の引き緊《しま》った、多少|疳癖《かんぺき》のあるらしい顔には決心の影さえ仄《ほの》めいている。治修はまずこう尋ねた。
「三右衛門、数馬《かずま》はそちに闇打ちをしかけたそうじゃな。すると何かそちに対し、意趣《いしゅ》を含んで居ったものと見える。何に意趣を含んだのじゃ?」
「何に意趣を含みましたか、しかとしたことはわかりませぬ。」
治修はちょいと考えた後《のち》、念を押すように尋ね直した。
「何もそちには覚えはないか?」
「覚えと申すほどのことはございませぬ。しかしあるいはああ云うことを怨《うら》まれたか
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