ちょっとよろめいたものの、すぐにまた不動の姿勢をした。
「誰が外から持って来たか?」
Sはまた何とも答えなかった。A中尉は彼を見つめながら、もう一度彼の横顔を張りつける場合を想像していた。
「誰だ?」
「わたくしの家内《かない》であります。」
「面会に来たときに持って来たのか?」
「はい。」
A中尉は何か心の中に微笑しずにはいられなかった。
「何に入れて持って来たか?」
「菓子折に入れて持って来ました。」
「お前の家《うち》はどこにあるのか?」
「平坂下《ひらさかした》であります。」
「お前の親は達者《たっしゃ》でいるか?」
「いえ、家内と二人暮らしであります。」
「子供はないのか?」
「はい。」
Sはこう云う問答の中も不安らしい容子《ようす》を改めなかった。A中尉は彼を立たせて措《お》いたまま、ちょっと横須賀《よこすか》の町へ目を移した。横須賀の町は山々の中にもごみごみと屋根を積み上げていた。それは日の光を浴びていたものの、妙に見すぼらしい景色《けしき》だった。
「お前の上陸は許可しないぞ。」
「はい。」
SはA中尉の黙っているのを見、どうしようかと迷っているらしかった。が、
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