れば、頗《すこぶる》西洋かぶれの気味あり。されどその嫌味なる所に、返つて紅葉の器量の大が窺《うかが》ひ知られるやうな心もちがする。
 それから又二十三日の記に、「此|夜《よ》(八)の八を草して黎明《れいめい》に至る。終《つひ》に脱稿せず。たうときものは寒夜《かんや》の炭。」とあり。何《なん》となく嬉しきくだりなり。(八)は金色夜叉《こんじきやしや》の(八)。(八月二十一日)

     隣室

「姉《ねえ》さん。これ何?」
「ゼンマイ。」
「ゼンマイ珈琲《コオヒイ》つてこれから拵《こしら》へるんでせう。」
「お前さん莫迦《ばか》ね。ちつと黙つていらつしやいよ。そんな事を云つちや、私《わたし》がきまり悪くなるぢやないの。あれは玄米《げんまい》珈琲よ。」
 姉は十四五歳。妹は十二歳の由。この姉妹《しまい》二人《ふたり》ともスケツチ・ブツクを持つて写生に行く。雨降りの日は互に相手の顔を写生するなり。父親は品《ひん》のある五十|恰好《がつかう》の人。この人も画《ゑ》の嗜《たしな》みありげに見ゆ。(八月二十二日青根温泉にて)

     若さ

 木米《もくべい》は何時《いつ》も黒羽二重《くろは
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