やうな話、存外《ぞんぐわい》あるものなり。皆|小穴一遊亭《をあないちいうてい》に聞いた。(七月二十三日)

     芭蕉

 又|猿簔《さるみの》を読む。芭蕉《ばせを》と去来《きよらい》と凡兆《ぼんてう》との連句の中には、波瀾老成の所多し。就中《なかんづく》こんな所は、何《なん》とも云へぬ心もちにさせる。
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 ゆかみて蓋《ふた》のあはぬ半櫃《はんびつ》     兆《てう》
草庵《さうあん》に暫く居ては打《うち》やふり     蕉《せを》
 いのち嬉しき撰集《せんじふ》のさた     来《らい》
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 芭蕉が「草庵に暫く居ては打やふり」と付けたる付け方、徳山《とくさん》の棒が空に閃《ひらめ》くやうにして、息もつまるばかりなり。どこからこんな句を拈《ねん》して来るか、恐しと云ふ外《ほか》なし。この鋭さの前には凡兆と雖《いへど》も頭が上《あが》るかどうか。
 凡兆と云へば下《しも》の如き所あり。
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昼ねふる青鷺《あをさぎ》の身のたふとさよ   蕉
 しよろしよろ水に藺《ゐ》のそよくらん 兆
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 これは
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