田能村《たのむら》竹田」と云ふ書を見たら、前より此の人が好きになつた。この書は著者|大島支郎《おほしましらう》氏、売る所は豊後国《ぶんごのくに》大分《おほいた》の本屋|忠文堂《ちうぶんだう》(七月二十日)

     奇聞

 大阪の或る工場《こうじやう》へ出入《でいり》する辨当屋の小娘あり。職工の一人《ひとり》、その小娘の頬《ほほ》を舐《な》めたるに、忽ち発狂したる由。
 亜米利加《アメリカ》の何処《どこ》かの海岸なり。海水浴の仕度《したく》をしてゐる女、着物を泥棒に盗まれ、一日近くも脱衣場から出る事出来ず。その後《のち》泥棒はつかまりしが、罪名は女の羞恥心《しうちしん》を利用したる不法檻禁罪《ふはふかんきんざい》なりし由。
 電車の中で老婦人に足を踏まれし男、忌々《いまいま》しければ向うの足を踏み返したるに、その老婦人忽ち演説を始めて曰《いはく》、「皆さん。この人は唯今私が誤まつて足を踏んだのに、今度はわざと私の足を踏みました。云々《うんぬん》」と。踏み返した男、とうとう閉口《へいこう》してあやまりし由。その老婦人は矢島楫子《やじまかぢこ》女史か何かの子分ならん。
 世の中には嘘の
前へ 次へ
全29ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング