かはずつぐなふ》 周文画《しうぶんのぐわ》 筆頭水《ひつとうのみづ》 墨余山《ぼくよのやま》」の詞《ことば》を寄せたるは、恐らく真情を吐露《とろ》せしなるべし。竹田は詩書画三絶を称せられしも、和歌などは巧《たくみ》ならず。画道にて悟入《ごにふ》せし所も、三十一文字《みそひともじ》の上には一向《いつかう》利《き》き目がないやうなり。その外《ほか》香や茶にも通ぜし由なれど、その道の事は知らざれば、何《なん》ともわれは定め難し。面白きは竹田が茸《たけ》の画《ゑ》を作りし時、頼みし男|仏頂面《ぶつちやうづら》をなしたるに、竹田「わが苦心を見給へ」とて、水に浸《ひた》せし椎茸《しひたけ》を大籠《おほかご》に一杯見せたれば、その男感歎してやみしと云ふ逸話なり。竹田が刻意励精はさる事ながら、俗人を感心させるには、かう云ふ事にまさるものなし。大家《たいか》の苦心談などと云はるる中《うち》、人の悪き名人が、凡下《ぼんげ》の徒を翻弄《ほんらう》する為に仮作したものも少くあるまい。山陽などはどうもやりさうなり。竹田になるとそんな悪戯気《いたづらぎ》は、嘘にもあつたとは思はれず。返す返すも竹田は善き人なり。「
前へ 次へ
全29ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング