は有用なりし真理を株守《しゆしゆ》する特色あり。尤《もつと》も一時代|前《ぜん》、二時代前、或は又三時代前と、真理の古きに従つて、いろいろの流俗なきにあらず。さらば一時代の長さ幾何《いくばく》かと云へば、これは時と処とにより、一概には何年と定め難し。まづ日本ならば一時代約十年とも申すべきか。而《しか》して普通流俗が学問芸術に害をなす程度は、その株守する真理の古さと逆比例するものなり。たとへば武士道主義者などが、今日《こんにち》子供の悪戯《いたづら》程も時代の進歩を害せざるは、この法則の好例なるべし。故に現在の文壇にても、人道主義の陣笠《ぢんがさ》連は、自然主義の陣笠連より厄介物《やくかいもの》たるを当然とす。(十月七日)
木犀《もくせい》
牛込《うしごめ》の或町を歩いてゐたら、誰の屋敷か知らないが、黒塀《くろべい》の続いてゐる所へ出た。今にも倒れてしまひさうな、ひどく古い黒塀だつた。塀の中には芭蕉《ばせう》や松が、凭《もた》れ合ふやうに一杯茂つてゐた。其処《そこ》を独り歩いてゐると、冷たい木犀《もくせい》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にほひ》がし出し
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