ン」などと出たらめの気焔を挙げてゐてはいけぬ。そんな事ではいくら威張つても、衒学《げんがく》の名にさへ価せぬではないか。徒《いたづら》に人に教へたがるよりは、まづ自《みづか》ら教へて来るが好《よ》い。(十月五日)

     不朽

 人命に限りあればとて、命を粗末《そまつ》にして好《よ》いとは限らず。なる可《べ》く長生をしようとするのは、人各々の分別なり。芸術上の作品も何時《いつ》かは亡ぶのに違ひなし。画力《ぐわりよく》は五百年、書力《しよりよく》は八百年とは、王世貞《わうせうてい》既にこれを云ふ。されどなる可く長持ちのする作品を作らうと思ふのは、これ亦《また》我々の随意なり。かう思へば芸術の不朽を信ぜざると、後世に作品を残さんとするとは、格別|矛盾《むじゆん》した考へにもあらざるべし。さらば如何《いか》なる作品が、古くならずにゐるかと云ふに、書や画《ぐわ》の事は知らざれども、文芸上の作品にては簡潔《かんけつ》なる文体が長持ちのする事は事実なり。勿論文体|即《すなはち》作品と云ふ理窟なければ、文体さへ然らばその作品が常に新《あらた》なりとは云ふべからず。されど文体が作品の佳否《かひ》
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