は、劉の健康ばかりではない。劉の家産も亦とんとん拍子に傾いて、今では、三百畝を以て数へた負郭《ふくわく》の田も、多くは人の手に渡つた。劉自身も、余儀なく、馴れない手に鋤《すき》を執つて、佗しいその日その日を送つてゐるのである。
 酒虫を吐いて以来、何故、劉の健康が衰へたか。何故、家産が傾いたか――酒虫を吐いたと云ふ事と、劉のその後の零落とを、因果の関係に並べて見る以上、これは、誰にでも起りやすい疑問である。現にこの疑問は、長山に住んでゐる、あらゆる職業の人人によつて繰返され、且、それらの人人の口から、あらゆる種類の答を与へられた。今、ここに挙げる三つの答も、実はその中から、最、代表的なものを選んだのに過ぎない。
 第一の答。酒虫は、劉の福であつて、劉の病ではない。偶《たま/\》、暗愚《あんぐ》の蛮僧に遇つた為に、好んで、この天与の福を失ふやうな事になつたのである。
 第二の答。酒虫は、劉の病であつて、劉の福ではない。何故と云へば、一飲一甕を尽すなどと云ふ事は、到底、常人の考へられない所だからである。そこで、もし酒虫を除かなかつたなら、劉は必久しからずして、死んだのに相違ない。して見ると
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