、貧病、迭《かたみ》に至るのも、寧《むしろ》劉にとつては、幸福と云ふべきである。
 第三の答。酒虫は、劉の病でもなければ、劉の福でもない。劉は、昔から酒ばかり飲んでゐた。劉の一生から酒を除けば、後には、何も残らない。して見ると、劉は即《そく》酒虫、酒虫は即劉である。だから、劉が酒虫を去つたのは自ら己を殺したのも同前である。つまり、酒が飲めなくなつた日から、劉は劉にして、劉ではない。劉自身が既になくなつてゐたとしたら、昔日《せきじつ》の劉の健康なり家産なりが、失はれたのも、至極、当然な話であらう。
 これらの答の中で、どれが、最よく、当を得てゐるか、それは自分にもわからない。自分は、唯、支那の小説家の Didacticism に倣《なら》つて、かう云ふ道徳的な判断を、この話の最後に、列挙して見たまでゝある。
[#地から2字上げ]――五年四月――



底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店
   1995(平成7)年11月8日発行
親本:「鼻」春陽堂
   1918(大正7)年7月8日発行
入力:earthian
校正:林めぐみ
1998年11月13日公開
2004年3月9日修正
青空
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