這ひよつた。それと見ると、孫先生も、白羽扇で日をよけながら、急いで、二人の方へやつて来る。さて、三人揃つて瓶の中を覗きこむと、肉の色が朱泥《しゆでい》に似た、小さな山椒魚《さんしやううを》のやうなものが、酒の中を泳いでゐる。長さは、三寸ばかりであらう。口もあれば、眼もある。どうやら、泳ぎながら、酒を飲んでゐるらしい。劉はこれを見ると、急に胸が悪くなつた。……
四
蛮僧の治療の効は、覿面《てきめん》に現れた。劉大成は、その日から、ぱつたり酒が飲めなくなつたのである。今は、匂を嗅ぐのも、嫌だと云ふ。所が、不思議な事に、劉の健康が、それから、少しづつ、衰へて来た。今年で、酒虫を吐いてから、三年になるが、往年の丸丸と肥つてゐた俤《おもかげ》は、何処にもない。色光沢《いろつや》の悪い皮膚が、脂じみたまま、険しい顔の骨を包んで、霜に侵された双※[#「髟/丐」、第4水準2−93−21]《さうびん》が、纔《わづか》に、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》の上に、残つてゐるばかり、一年の中に、何度、床につくか、わからない位ださうである。
しかし、それ以来、衰へたの
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