したりなすったものですから。」
「そんなことがあったんですか?」
「ええ、どこかの銀行の取りつけ騒ぎを新聞でお読みなすったのが始まりなんですって。」
僕はあの松葉の入れ墨《ずみ》をした気違いの一生を想像しました。それから、――笑われても仕かたはありません、僕の弟の持っている株券《かぶけん》のことなどを思い出しました。
「Sさんなどはこぼしていらっしゃいましたよ。……」
M子さんのお母さんはいつか僕に婉曲《えんきょく》にS君のことを尋ね出しました。が、僕はどう云う返事にも「でしょう」だの「と思います」だのとつけ加えました。(僕はいつも一人《ひとり》の人をその人としてだけしか考えられません。家族とか財産とか社会的地位とか云うことには自然と冷淡になっているのです。おまけに一番悪いことはその人としてだけ考える時でもいつか僕自身に似ている点だけその人の中から引き出した上、勝手に好悪《こうお》を定《さだ》めているのです。)のみならずこの奥さんの気もちに、――S君の身もとを調べる気もちにある可笑《おか》しさを感じました。
「Sさんは神経質でいらっしゃるでしょう?」
「ええ、まあ神経質と云うのでし
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