ょう。」
「人ずれはちっともしていらっしゃいませんね。」
「それは何しろ坊ちゃんですから、……しかしもう一通《ひととお》りのことは心得ていると思いますが。」
僕はこう云う話の中にふと池の水際《みずぎわ》に沢蟹《さわがに》の這《は》っているのを見つけました。しかもその沢蟹はもう一匹の沢蟹を、――甲羅《こうら》の半ば砕けかかったもう一匹の沢蟹をじりじり引きずって行くところなのです。僕はいつかクロポトキンの相互扶助論《そうごふじょろん》の中にあった蟹の話を思い出しました。クロポトキンの教えるところによれば、いつも蟹は怪我《けが》をした仲間を扶《たす》けて行ってやると云うことです。しかしまたある動物学者の実例を観察したところによれば、それはいつも怪我《けが》をした仲間を食うためにやっていると云うことです。僕はだんだん石菖《せきしょう》のかげに二匹の沢蟹の隠れるのを見ながら、M子さんのお母さんと話していました。が、いつか僕等の話に全然興味を失っていました。
「みんなの帰って来るのは夕がたでしょう?」
僕はこう言って立ち上りました。同時にまたM子さんのお母さんの顔にある表情を感じました。それは
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