手紙
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)神経衰弱に善《よ》い

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)時々|裂《さ》けかかった

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](昭和二年六月七日)
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 僕は今この温泉宿に滞在しています。避暑する気もちもないではありません。しかしまだそのほかにゆっくり読んだり書いたりしたい気もちもあることは確かです。ここは旅行案内の広告によれば、神経衰弱に善《よ》いとか云うことです。そのせいか狂人も二人《ふたり》ばかりいます。一人《ひとり》は二十七八の女です。この女は何も口を利《き》かずに手風琴《てふうきん》ばかり弾《ひ》いています。が、身なりはちゃんとしていますから、どこか相当な家の奥さんでしょう。のみならず二三度見かけたところではどこかちょっと混血児《あいのこ》じみた、輪廓《りんかく》の正しい顔をしています。もう一人の狂人は赤あかと額《ひたい》の禿《は》げ上った四十前後の男です。この男は確か左の腕に松葉の入れ墨をしているところを見ると、まだ狂人にならない前に
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