誰も黙っているものですから、M子さんとこんな話をしていました。
「さあ、行《い》きましょう。あたしはこんなものを見るのは大嫌い。」
 M子さんのお母さんは誰よりも先きに歩き出しました。僕等も歩き出したのは勿論《もちろん》です。松林は路をあましたまま、ひっそりと高い草を伸ばしていました。僕等の話し声はこの松林の中に存外《ぞんがい》高い反響を起しました。殊にK君の笑い声は――K君はS君やM子さんにK君の妹さんのことを話していました。この田舎《いなか》にいる妹さんは女学校を卒業したばかりらしいのです。が、何でも夫になる人は煙草ものまなければ酒ものまない、品行方正の紳士でなければならないと言っていると云うことです。
「僕等は皆落第ですね?」
 S君は僕にこう言いました。が、僕の目にはいじらしいくらい、妙にてれ切った顔をしていました。
「煙草ものまなければ酒ものまないなんて、……つまり兄貴《あにき》へ当てつけているんだね。」
 K君も咄嗟《とっさ》につけ加えました。僕は善《い》い加減《かげん》な返事をしながら、だんだんこの散歩を苦にし出しました。従って突然M子さんの「もう帰りましょう」と言った時
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