に書いていました。この奥さんの年をとっているのもあるいはそんなためではないでしょうか? 僕はまだ五十を越していないのに髪の白い奥さんを見る度にどうもそんなことを考えやすいのです。しかし僕等四人だけはとにかくしゃべりつづけにしゃべっていました。するとM子さんは何を見たのか、「あら、いや」と言ってK君の腕を抑えました。
「何です? 僕は蛇《へび》でも出たのかと思った。」
それは実際何でもない。ただ乾いた山砂の上に細《こま》かい蟻《あり》が何匹も半死半生《はんしはんしょう》の赤蜂《あかはち》を引きずって行こうとしていたのです。赤蜂は仰《あおむ》けになったなり、時々|裂《さ》けかかった翅《はね》を鳴らし、蟻の群を逐《お》い払っています。が、蟻の群は蹴散《けち》らされたと思うと、すぐにまた赤蜂の翅や脚にすがりついてしまうのです。僕等はそこに立ちどまり、しばらくこの赤蜂のあがいているのを眺めていました。現にM子さんも始めに似合《にあ》わず、妙に真剣な顔をしたまま、やはりK君の側に立っていたのです。
「時々|剣《けん》を出しますわね。」
「蜂の剣は鉤《かぎ》のように曲っているものですね。」
僕は
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