だけはちゃんと勉強します。午後はトタン屋根に日が当るものですから、その烈しい火照《ほて》りだけでもとうてい本などは読めません。では何をするかと言えば、K君やS君に来て貰《もら》ってトランプや将棊《しょうぎ》に閑《ひま》をつぶしたり、組み立て細工《ざいく》の木枕《きまくら》をして(これはここの名産です。)昼寝をしたりするだけです。五六日前の午後のことです。僕はやはり木枕をしたまま、厚い渋紙の表紙をかけた「大久保武蔵鐙《おおくぼむさしあぶみ》」を読んでいました。するとそこへ襖《ふすま》をあけていきなり顔を出したのは下の部屋にいるM子さんです。僕はちょっと狼狽《ろうばい》し、莫迦莫迦《ばかばか》しいほどちゃんと坐り直しました。
「あら、皆さんはいらっしゃいませんの?」
「ええ。きょうは誰も、……まあ、どうかおはいりなさい。」
M子さんは襖《ふすま》をあけたまま、僕の部屋の縁先《えんさき》に佇《たたず》みました。
「この部屋はお暑うございますわね。」
逆光線になったM子さんの姿は耳だけ真紅《しんく》に透《す》いて見えます。僕は何か義務に近いものを感じ、M子さんの隣に立つことにしました。
「
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