にすれば、一人を繊弱《せんじゃく》な男にするのにもやはり微笑《ほほえ》まずにはいられません。現にK君やS君は二人とも肥ってはいないのです。のみならず二人とも傷《きずつ》き易い神経を持って生まれているのです。が、K君はS君のように容易に弱みを見せません。実際また弱みを見せない修業《しゅうぎょう》を積もうともしているらしいのです。
K君、S君、M子さん親子、――僕のつき合っているのはこれだけです。もっともつき合いと言ったにしろ、ただ一しょに散歩したり話したりするほかはありません。何しろここには温泉宿のほかに(それもたった二軒だけです。)カッフェ一つないのです。僕はこう云う寂しさを少しも不足には思っていません。しかしK君やS君は時々「我等の都会に対する郷愁」と云うものを感じています。M子さん親子も、――M子さん親子の場合は複雑です。M子さん親子は貴族主義者です。従ってこう云う山の中に満足している訣《わけ》はありません。しかしその不満の中に満足を感じているのです。少くともかれこれ一月《ひとつき》だけの満足を感じているのです。
僕の部屋は二階の隅にあります。僕はこの部屋の隅の机に向かい、午前
前へ
次へ
全14ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング