すが、あの中御門の御姫様に年久しく御仕え申している、平太夫《へいだゆう》に相違はございません。この一刹那はさすがの若殿様も、思わず総身《そうみ》の毛がよだつような、恐ろしい思いをなすったと申す事でございました。なぜと申しますと、あの平太夫が堀川の御一家《ごいっけ》を仇《かたき》のように憎んでいる事は、若殿様の御耳にも、とうからはいっていたからでございます。
 いや、現にその時も、平太夫がそう答えますと、さっきの盗人は一層声を荒《あらら》げて、太刀の切先《きっさき》を若殿様の御胸に向けながら、
「さらば御命《おんいのち》を申受けようず。」と罵ったと申すではございませんか。

        十四

 しかしあの飽くまでも、物に御騒ぎにならない若殿様は、すぐに勇気を御取り直しになって、悠々と扇を御弄《おもてあそ》びなさりながら、
「待て。待て。予の命が欲しくば、次第によって呉れてやらぬものでもない。が、その方どもは、何でそのようなものを欲しがるのじゃ。」と、まるで人事のように御尋ねになりました。すると頭立《かしらだ》った盗人は、白刃《しらは》を益《ますます》御胸へ近づけて、
「中御門《なかみかど》の少納言殿は、誰故の御最期《ごさいご》じゃ。」
「予は誰やら知らぬ。が、予でない事だけは、しかとした証《あかし》もある。」
「殿か、殿の父君か。いずれにしても、殿は仇《かたき》の一味じゃ。」
 頭立った一人がこう申しますと、残りの盗人どもも覆面の下で、
「そうじゃ。仇の一味じゃ。」と、声々に罵り交しました。中にもあの平太夫《へいだゆう》は歯噛みをして、車の中を獣のように覗きこみながら、太刀《たち》で若殿様の御顔を指さしますと、
「さかしらは御無用じゃよ。それよりは十念《じゅうねん》なと御称え申されい。」と、嘲笑《あざわら》うような声で申したそうでございます。
 が、若殿様は相不変《あいかわらず》落ち着き払って、御胸の先の白刃も見えないように、
「してその方たちは、皆少納言殿の御内《みうち》のものか。」と、抛《ほう》り出すように御尋ねなさいました。すると盗人たちは皆どうしたのか、一しきり答にためらったようでございましたが、その気色《けしき》を見てとった平太夫は、透かさず声を励まして、
「そうじゃ。それがまた何と致した。」
「いや、何とも致さぬが、もしこの中に少納言殿の御内《みうち
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