》でないものがいたと思え。そのものこそは天《あめ》が下《した》の阿呆《あほう》ものじゃ。」
 若殿様はこう仰有《おっしゃ》って、美しい歯を御見せになりながら、肩を揺《ゆす》って御笑いになりました。これには命知らずの盗人たちも、しばらくは胆《きも》を奪われたのでございましょう。御胸に迫っていた太刀先さえ、この時はもう自然と、車の外の月明りへ引かれていたと申しますから。
「なぜと申せ。」と、若殿様は言葉を御継ぎになって、「予を殺害《せつがい》した暁には、その方どもはことごとく検非違使《けびいし》の目にかかり次第、極刑《ごっけい》に行わるべき奴ばらじゃ。元よりそれも少納言殿の御内のものなら、己《おの》が忠義に捨つる命じゃによって、定めて本望に相違はあるまい。が、さもないものがこの中にあって、わずかばかりの金銀が欲しさに、予が身を白刃に向けるとすれば、そやつは二つとない大事な命を、その褒美《ほうび》と換えようず阿呆ものじゃ。何とそう云う道理ではあるまいか。」
 これを聞いた盗人たちは、今更のように顔を見合せたけはいでございましたが、平太夫《へいだゆう》だけは独り、気違いのように吼《たけ》り立って、
「ええ、何が阿呆ものじゃ。その阿呆ものの太刀にかかって、最期《さいご》を遂げる殿の方が、百層倍も阿呆ものじゃとは覚されぬか。」
「何、その方どもが阿呆ものだとな。ではこの中《うち》に少納言殿の御内でないものもいるのであろう。これは一段と面白うなって参った。さらばその御内でないものどもに、ちと申し聞かす事がある。その方どもが予を殺害しようとするのは、全く金銀が欲しさにする仕事であろうな。さて金銀が欲しいとあれば、予はその方どもに何なりと望み次第の褒美を取らすであろう。が、その代り予の方にもまた頼みがある。何と、同じ金銀のためにする事なら、褒美の多い予の方に味方して、利得を計ったがよいではないか。」
 若殿様は鷹揚《おうよう》に御微笑なさりながら、指貫《さしぬき》の膝を扇で御叩きになって、こう車の外の盗人どもと御談じになりました。

        十五

「次第によっては、御意《ぎょい》通り仕《つかまつ》らぬものでもございませぬ。」
 恐ろしいくらいひっそりと静まり返っていた盗人たちの中から、頭《かしら》だったのが半《なかば》恐る恐るこう御答え申し上げますと、若殿様は御満足そうに、
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