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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)大殿様《おおとのさま》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)先頃|大殿様《おおとのさま》御一代中で
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「均−土」、第3水準1−14−75]
[#…]:返り点
(例)未[#四]曾有[#三]一事不[#レ]被[#二]無常呑[#一]
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一
先頃|大殿様《おおとのさま》御一代中で、一番|人目《ひとめ》を駭《おどろ》かせた、地獄変《じごくへん》の屏風《びょうぶ》の由来を申し上げましたから、今度は若殿様の御生涯で、たった一度の不思議な出来事を御話し致そうかと存じて居ります。が、その前に一通り、思いもよらない急な御病気で、大殿様が御薨去《ごこうきょ》になった時の事を、あらまし申し上げて置きましょう。
あれは確か、若殿様の十九の御年だったかと存じます。思いもよらない急な御病気とは云うものの、実はかれこれその半年ばかり前から、御屋形《おやかた》の空へ星が流れますやら、御庭の紅梅が時ならず一度に花を開きますやら、御厩《おうまや》の白馬《しろうま》が一夜《いちや》の内に黒くなりますやら、御池の水が見る間に干上《ひあが》って、鯉《こい》や鮒《ふな》が泥の中で喘《あえ》ぎますやら、いろいろ凶《わる》い兆《しらせ》がございました。中でも殊に空恐ろしく思われたのは、ある女房の夢枕に、良秀《よしひで》の娘の乗ったような、炎々と火の燃えしきる車が一輛、人面《じんめん》の獣《けもの》に曳かれながら、天から下《お》りて来たと思いますと、その車の中からやさしい声がして、「大殿様をこれへ御迎え申せ。」と、呼《よば》わったそうでございます。その時、その人面の獣が怪しく唸《うな》って、頭《かしら》を上げたのを眺めますと、夢現《ゆめうつつ》の暗《やみ》の中にも、唇ばかりが生々《なまなま》しく赤かったので、思わず金切声をあげながら、その声でやっと我に返りましたが、総身はびっしょり冷汗《ひやあせ》で、胸さえまるで早鐘をつくように躍っていたとか申しました。でございますから、北の方《かた》を始め、私《わたくし》どもまで心を痛めて、御屋形の門々《かどかど》に陰陽師《おんみょ
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