うじ》の護符《ごふ》を貼りましたし、有験《うげん》の法師《ほうし》たちを御召しになって、種々の御祈祷を御上げになりましたが、これも誠に遁れ難い定業《じょうごう》ででもございましたろう。
 ある日――それも雪もよいの、底冷がする日の事でございましたが、今出川《いまでがわ》の大納言《だいなごん》様の御屋形から、御帰りになる御車《みくるま》の中で、急に大熱が御発しになり、御帰館遊ばした時分には、もうただ「あた、あた」と仰有《おっしゃ》るばかり、あまつさえ御身《おみ》のうちは、一面に気味悪く紫立って、御褥《おしとね》の白綾《しろあや》も焦げるかと思う御気色《みけしき》になりました。元よりその時も御枕もとには、法師、医師、陰陽師《おんみょうじ》などが、皆それぞれに肝胆《かんたん》を砕いて、必死の力を尽しましたが、御熱は益《ますます》烈しくなって、やがて御床《おんゆか》の上まで転《ころ》び出ていらっしゃると、たちまち別人のような嗄《しわが》れた御声で、「あおう、身のうちに火がついたわ。この煙《けぶ》りは如何《いかが》致した。」と、狂おしく御吼《おたけ》りになったまま、僅三時《わずかみとき》ばかりの間に、何とも申し上げる語《ことば》もない、無残な御最期《ごさいご》でございます。その時の悲しさ、恐ろしさ、勿体《もったい》なさ――今になって考えましても、蔀《しとみ》に迷っている、護摩《ごま》の煙《けぶり》と、右往左往に泣き惑っている女房たちの袴の紅《あけ》とが、あの茫然とした験者《げんざ》や術師たちの姿と一しょに、ありありと眼に浮かんで、かいつまんだ御話を致すのさえ、涙が先に立って仕方がございません。が、そう云う思い出の内でも、あの御年若な若殿様が、少しも取乱した御容子《ごようす》を御見せにならず、ただ、青ざめた御顔を曇らせながら、じっと大殿様の御枕元へ坐っていらしった事を考えると、なぜかまるで磨《と》ぎすました焼刃《やきば》の※[#「均−土」、第3水準1−14−75]《にお》いでも嗅《か》ぐような、身にしみて、ひやりとする、それでいてやはり頼もしい、妙な心もちが致すのでございます。

        二

 御親子《ごしんし》の間がらでありながら、大殿様と若殿様との間くらい、御容子《ごようす》から御性質まで、うらうえなのも稀《まれ》でございましょう。大殿様は御承知の通り、大兵肥満《
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