推測がついていたのであった。
しばらく沈黙が続いた後《のち》、私は客に言葉をかけた。
「阿母《おっか》さんは今でも丈夫ですか。」
すると意外な答があった。
「いえ、一昨年|歿《な》くなりました。――しかし今御話した女は、私の母じゃなかったのです。」
客は私の驚きを見ると、眼だけにちらりと微笑を浮べた。
「夫が浅草田原町《あさくさたわらまち》に米屋を出していたと云う事や、横浜へ行って苦労したと云う事は勿論|嘘《うそ》じゃありません。が、捨児をしたと云う事は、嘘だった事が後に知れました。ちょうど母が歿《な》くなる前年、店の商用を抱えた私は、――御承知の通り私の店は綿糸の方をやっていますから、新潟界隈《にいがたかいわい》を廻って歩きましたが、その時田原町の母の家の隣に住んでいた袋物屋《ふくろものや》と、一つ汽車に乗り合せたのです。それが問わず語りに話した所では、母は当時女の子を生んで、その子がまた店をしまう前に、死んでしまったとか云う事でした。それから横浜へ帰って後、早速母に知れないように戸籍謄本をとって見ると、なるほど袋物屋の言葉通り、田原町にいた時に生まれたのは、女の子に違いありま
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