せん。しかも生後|三月目《みつきめ》に死んでしまっているのです。母はどう云う量見《りょうけん》か、子でもない私を養うために、捨児の嘘をついたのでした。そうしてその後二十年あまりは、ほとんど寝食さえ忘れるくらい、私に尽してくれたのでした。
「どう云う量見か、――それは私も今日《こんにち》までには、何度考えて見たかわかりません。が、事実は知れないまでも、一番もっともらしく思われる理由は、日錚和尚の説教が、夫や子に遅れた母の心へ異常な感動を与えた事です。母はその説教を聞いている内に、私の知らない母の役を勤《つと》める気になったのじゃありますまいか。私が寺に拾われている事は、当時説教を聞きに来ていた参詣人からでも教わったのでしょう。あるいは寺の門番が、話して聞かせたかも知れません。」
 客はちょいと口を噤《つぐ》むと、考え深そうな眼をしながら、思い出したように茶を啜《すす》った。
「そうしてあなたが子でないと云う事は、――子でない事を知ったと云う事は、阿母《おっか》さんにも話したのですか。」
 私は尋ねずにはいられなかった。
「いえ、それは話しません。私の方から云い出すのは、余り母に残酷《ざん
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