ころりと死んでしまいました。それだけならばまだ女も、諦《あきら》めようがあったのでしょうが、どうしても思い切れない事には、せっかく生まれた子供までが、夫の百《ひゃっ》ヶ日《にち》も明けない内に、突然|疫痢《えきり》で歿《な》くなった事です。女はその当座昼も夜も気違いのように泣き続けました。いや、当座ばかりじゃありません。それ以来かれこれ半年《はんとし》ばかりは、ほとんど放心同様な月日さえ送らなければならなかったのです。
「その悲しみが薄らいだ時、まず女の心に浮んだのは、捨てた長男に会う事です。「もしあの子が達者だったら、どんなに苦しい事があっても、手もとへ引き取って養育したい。」――そう思うと矢も楯《たて》もたまらないような気がしたのでしょう。女はすぐさま汽車に乗って、懐しい東京へ着くが早いか、懐しい信行寺《しんぎょうじ》の門前へやって来ました。それがまたちょうど十六日の説教日の午前だったのです。
「女は早速|庫裡《くり》へ行って、誰かに子供の消息《しょうそく》を尋ねたいと思いました。しかし説教がすまない内は、勿論和尚にも会われますまい。そこで女はいら立たしいながらも、本堂一ぱいにつめ
前へ
次へ
全13ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング