ぬうちに、落せと仰せられ候|訣《わけ》には参り兼ね候儀ゆゑ、さだめし御心中には少斎石見の無分別なる申し条をお恨み遊ばされしことと存じ上げ候。且《かつ》は御機嫌もこの時より引きつづき甚だよろしからず、ことごとにわたくしどもをお叱りなされ、又お叱りなさるる度に「えそぽ物語」とやらをお読み聞かせ下され、誰はこの蛙《かはづ》、彼はこの狼などと仰せられ候間、みなみな人質に参るよりも難渋なる思ひを致し候。殊にわたくしは蝸牛《かたつむり》にも、鴉《からす》にも、豚にも、亀の子にも、棕梠《しゆろ》にも、犬にも、蝮《まむし》にも、野牛にも、病人にも似かよひ候よし、くやしきお小言を蒙り候こと、末代迄も忘れ難く候。
 十、十四日には又|澄見《ちようこん》参り、人質の儀を申し出《いだ》し候。秀林院様御意なされ候は、三斎様のお許し無之《これなき》うちは、如何やうのこと候とも、人質に出で候儀には同心|仕《つかまつ》るまじくと仰せられ候。然れば澄見申し候は、成程三斎様の御意見を重んぜられ候こと、尤《もつと》も賢女には候べし。なれどもこれは細川家のおん大事につき、たとひ城内へはお出なされずとも、お隣屋敷浮田中納言様迄
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