入らせらるべきか。浮田中納言様の奥様は与一郎様と御姉妹の間がらゆゑ、その分のことは三斎様にもよもやおん咎《とが》めなされまじく、左様遊ばされ候へとのことに御座候。澄見はわたくし大嫌ひの狸婆《たぬきばばあ》には候へども、澄見の申し候ことは一理ありと存じ候。お隣屋敷浮田中納言様へお移り遊ばされ候はば、第一に世間の名聞《みやうもん》もよろしく、第二にわたくしどもの命も無事にて、この上の妙案は有之《これある》まじく候。
十一、然るに秀林院様御意なされ候は、如何にも浮田中納言殿は御一門のうちには候へども、これも治部少と一味のよし、兼ねがね承り及び候間、それ迄参り候ても人質は人質に候まま、同心致し難くと仰せられ候。澄見はなほも押し返し、いろいろ口説《くど》き立て候へども、一向に御承引遊ばされず、遂に澄見の妙案も水の泡と消え果て申し候。その節も亦秀林院様は孔子とやら、「えそぽ」とやら、橘姫とやら、「きりすと」とやら、和漢はもとより南蛮国の物語さへも仰せ聞かされ、さすがの澄見も御能弁にはしみじみ恐れ入りしやうに見うけ候。
十二、この日の大凶時《おほまがとき》、霜は御庭前の松の梢へ金色《こんじき》の
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