出し申すことなるまじくと返答仕るべし、なほ又是非ともと申し候はば、田辺の城(舞鶴)へ申し遣はし、幽斎《いうさい》様(忠興の父、藤孝《ふぢたか》)より御指図を仰ぎ候まま、それ迄待ち候へと挨拶仕るべし、この儀は如何候べきと申され候。秀林院様の仰せには分別致し候やうにと申し渡され候へども、少斎石見両人の言葉に毛すぢほどの分別も有之《これあり》候や。まづ老功の侍《さむらひ》とは申さず、人並みの分別ある侍ならば、たとひ田辺の城へなりとも秀林院様をお落し申し、その次には又わたくしどもにも思ひ思ひに姿を隠させ、最後に両人のお留守居役だけ覚悟仕るべき場合に御座候。然るに人質に出で候はん人、一人も無之候へば、出し申すことなるまじくなどとは一も二もなき喧嘩腰にて、側杖《そばづゑ》を打たるるわたくしどもこそ迷惑千万に存じ候。
九、霜は又右の次第を秀林院様へ申し上げ候ところ、秀林院様は御返事も遊ばされず、唯お口のうちに「のす、のす」とのみお唱へなされ居り候へども、漸《やうや》くさりげなきおん気色《けしき》に直られ、一段|然《しか》るべしと御意なされ候。如何《いか》さままだお留守居役よりお落し奉らんとも申され
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