僕はSに別れてから、すぐにその次の横町を曲《まが》った。横町の角の飾《かざ》り窓にはオルガンが一台|据《す》えてあった。オルガンは内部の見えるように側面の板だけはずしてあり、そのまた内部には青竹の筒が何本も竪《たて》に並んでいた。僕はこれを見た時にも、「なるほど、竹筒でも好いはずだ」と思った。それから――いつか僕の家の門の前に佇《たたず》んでいた。
古いくぐり門や黒塀《くろべい》は少しもふだんに変らなかった。いや、門の上の葉桜の枝さえきのう見た時の通りだった。が、新らしい標札《ひょうさつ》には「櫛部寓《くしべぐう》」と書いてあった。僕はこの標札を眺めた時、ほんとうに僕の死んだことを感じた。けれども門をはいることは勿論、玄関から奥へはいることも全然不徳義とは感じなかった。
妻は茶の間の縁側《えんがわ》に坐り、竹の皮の鎧《よろい》を拵《こしら》えていた。妻のいまわりはそのために乾皮《ひぞ》った竹の皮だらけだった。しかし膝の上にのせた鎧はまだ草摺《くさず》りが一枚と胴としか出来上っていなかった。
「子供は?」と僕は坐るなり尋ねた。
「きのう伯母《おば》さんやおばあさんとみんな鵠沼《く
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