下だね、」とSは指を折って見て、「三十四か? 三十四ぐらいで死んだんじゃ、」――それきり急に黙ってしまった。
 僕は格別死んだことを残念に思ってはいなかった。しかし何かSの手前へも羞《はず》かしいようには感じていた。
「仕事もやりかけていたんだろう?」
 Sはもう一度遠慮勝ちに言った。
「うん、長いものを少し書きかけていた。」
「細君は?」
「達者だ。子供もこの頃は病気をしない。」
「そりゃまあ何よりだね。僕なんぞもいつ死ぬかわからないが、……」
 僕はちょっとSの顔を眺めた。SはやはりS自身は死なずに僕の死んだことを喜んでいる、――それをはっきり感じたのだった。するとSもその瞬間に僕の気もちを感じたと見え、厭《いや》な顔をして黙ってしまった。
 しばらく口を利《き》かずに歩いた後、Sは扇に日を除《よ》けたまま、大きい缶《かん》づめ屋の前に立ち止った。
「じゃ僕は失敬する。」
 缶づめ屋の店には薄暗い中に白菊が幾鉢も置いてあった。僕はその店をちらりと見た時、なぜか「ああ、Sの家は青木堂の支店だった」と思った。
「君は今お父さんと一しょにいるの?」
「ああ、この間から。」
「じゃまた。」
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