れてゐる。……
三 雨夜
それから二月程たつた後である。或|長雨《ながあめ》の続いた夜、平中は一人本院の侍従の局《つぼね》へ忍んで行つた。雨は夜空が溶け落ちるやうに、凄《すさ》まじい響を立ててゐる。路は泥濘《でいねい》と云ふよりも、大水が出たのと変りはない。こんな晩にわざわざ出かけて行けば、いくらつれない侍従でも、憐れに思ふのは当然である、――かう考へた平中は、局の口へ窺《うかが》ひよると、銀を張つた扇を鳴らしながら、案内を請ふやうに咳ばらひをした。
すると十五六の女《め》の童《わらは》が、すぐに其処へ姿を見せた。ませた顔に白粉《おしろい》をつけた、さすがに睡《ね》むさうな女の童である。平中は顔を近づけながら、小声に侍従へ取次を頼んだ。
一度引きこんだ女の童は、局の口へ帰つて来ると、やはり小声にこんな返事をした。
「どうかこちらに御待ち下さいまし。今に皆様が御休みになれば、御逢ひになるさうでございますから。」
平中は思はず微笑した。さうして女の童の案内通り、侍従の居間の隣らしい、遣戸《やりど》の側に腰を下した。
「やつぱりおれは智慧者だな。」
女の童が何処かへ退
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