いた後、平中は独りにやにやしてゐた。
「さすがの侍従も今度と云ふ今度は、とうとう心が折れたと見える。兎角《とかく》女と云ふやつは、ものの哀れを感じ易いからな。其処へ親切気を見せさへすれば、すぐにころりと落ちてしまふ。かう云ふ甲所《かんどころ》を知らないから、義輔《よしすけ》や範実《のりざね》は何と云つても、――待てよ。だが今夜逢へると云ふのは、何だか話が旨《うま》すぎるやうだぞ。――」
平中はそろそろ不安になつた。
「しかし逢ひもしないものが、逢ふと云ふ訳もなささうなものだ。するとおれのひがみかな? 何しろざつと六十通ばかり、のべつに文を持たせてやつても、返事一つ貰へなかつたのだから、ひがみの起るのも尤もな話だ。が、ひがみではないとしたら、――又つくづく考へると、ひがみではない気もしない事はない。いくら親切に絆《ほだ》されても、今までは見向きもしなかつた侍従が、――と云つても相手はおれだからな。この位平中に思はれたとなれば、急に心も融けるかも知れない。」
平中は衣紋《えもん》を直しながら、怯《お》づ怯《お》づあたりを透かして見た。が、彼のゐまはりには、くら闇の外《ほか》に何も見えな
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