い。その中に唯雨の音が、檜肌葺《ひはだぶき》の屋根をどよませてゐる。
「ひがみだと思へば、ひがみのやうだし、ひがみでないと、――いや、ひがみだと思つてゐれば、ひがみでも何でもなくなるし、ひがみでないと思つてゐれば、案外ひがみですみさうな気がする。一体運なぞと云ふやつは、皮肉に出来てゐるものだからな。して見れば、何でも一心《いつしん》にひがみでないと思ふ事だ。さうすると今にもあの女が、――おや、もうみんな寝始めたらしいぞ。」
平中は耳を側立《そばだ》てた。成程《なるほど》ふと気がついて見れば、不相変《あひかはらず》小止《をや》みない雨声《うせい》と一しよに、御前《ごぜん》へ詰めてゐた女房たちが局々《つぼねつぼね》に帰るらしい、人ざわめきが聞えて来る。
「此処が辛抱のし所だな。もう半時《はんとき》もたちさへすれば、おれは何の造作もなく、日頃の思ひが晴らされるのだ。が、まだ何だか肚《はら》の底には、安心の出来ない気もちもあるぞ。さうさう、これが好いのだつけ。逢はれないものだと思つてゐれば、不思議に逢ふ事が出来るものだ。しかし皮肉な運のやつは、さう云ふおれの胸算用《むなさんよう》も見透かして
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