か?」
「はい、侍従様から、――」
 童はかう云ひ終ると、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》主人の前を下《さが》つた。
「侍従様から? 本当かしら?」
 平中は殆《ほとんど》恐る恐る、青い薄葉《うすえふ》の文を開いた。
「範実や義輔の悪戯《いたづら》ぢやないか? あいつ等はみんなこんな事が、何よりも好きな閑人《ひまじん》だから、――おや、これは侍従の文だ。侍従の文には違ひないが、――この文は、これは、何と云ふ文だい?」
 平中は文を抛《はふ》り出した。文には「唯見つとばかりの、二文字《ふたもじ》だに見せ給へ」と書いてやつた、その「見つ」と云ふ二文字だけが、――しかも平中の送つた文から、この二文字だけ切り抜いたのが、薄葉に貼りつけてあつたのである。
「ああ、ああ、天《あめ》が下《した》の色好みとか云はれるおれも、この位|莫迦《ばか》にされれば世話はないな。それにしても侍従と云ふやつは、小面《こづら》の憎い女ぢやないか? 今にどうするか覚えてゐろよ。……」
 平中は膝を抱へた儘、茫然と桜の梢を見上げた。青い薄葉の飜つた上には、もう風に吹かれた落花が、点々と幾ひらもこぼ
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