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 僕は夢を見てゐるうちはふだんの通りの僕である。ゆうべ(七月十九日)は佐佐木茂索《ささきもさく》君と馬車に乗つて歩きながら、麦藁帽《むぎわらばう》をかぶつた馭者《ぎよしや》に北京《ペキン》の物価などを尋ねてゐた。しかしはつきり目がさめてから二十分ばかりたつうちにいつか憂鬱になつてしまふ。唯灰色の天幕《テント》の裂《さ》け目から明るい風景が見えるやうに時々ふだんの心もちになる。どうも僕は頭からじりじり参つて来るのらしい。

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 僕はやはり散歩してゐるうちに白い水着を着た子供に遇《あ》つた。子供は小さい竹の皮を兎のやうに耳につけてゐた。僕は五六間離れてゐるうちから、その鋭い竹の皮の先が妙に恐しくてならなかつた。その恐怖は子供とすれ違つた後《のち》も、暫《しばら》くの間《あひだ》はつづいてゐた。

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 僕はぼんやり煙草を吸ひながら、不快なことばかり考へてゐた。僕の前の次の間《ま》にはここへ来て雇《やと》つた女中が一人《ひとり》、こちらへは背中を見せたまま、おむつを畳んでゐるらしかつた。僕はふと「そのおむつには毛虫がたかつてゐるぞ」と言つた。どうしてそ
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