鵠沼雑記
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鵠沼《くげぬま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)以上|東屋《あづまや》にゐるうち

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]
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 僕は鵠沼《くげぬま》の東屋《あづまや》の二階にぢつと仰向《あふむ》けに寝ころんでゐた。その又僕の枕もとには妻《つま》と伯母《をば》とが差向ひに庭の向うの海を見てゐた。僕は目をつぶつたまま、「今に雨がふるぞ」と言つた。妻や伯母《をば》はとり合はなかつた。殊に妻は「このお天気に」と言つた。しかし二分とたたないうちに珍らしい大雨《たいう》になつてしまつた。

     ×

 僕は全然人かげのない松の中の路《みち》を散歩してゐた。僕の前には白犬が一匹、尻を振り振り歩いて行つた。僕はその犬の睾丸《かうぐわん》を見、薄赤い色に冷たさを感じた。犬はその路の曲り角《かど》へ来ると、急に僕をふり返つた。それから確かににやりと
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