羽根を抜いた雄鶏《おんどり》に近い彼の体を羞《は》じている為に違いなかった。甲野はこう云う彼を見ながら、(彼の顔も亦|雀斑《そばかす》だらけだった。)一体彼はお鈴以外の誰に惚《ほ》れられるつもりだろうなどと私《ひそ》かに彼を嘲《あざけ》ったりしていた。
或霜曇りに曇った朝、甲野は彼女の部屋になった玄関の三畳に鏡を据え、いつも彼女が結びつけたオオル・バックに髪を結びかけていた。それは丁度|愈《いよいよ》お芳が田舎へ帰ろうと言う前日だった。お芳がこの家を去ることは重吉夫婦には嬉《うれ》しいらしかった。が、反ってお鳥には一層苛立たしさを与えるらしかった。甲野は髪を結びながら、甲高《かんだか》いお鳥の声を聞き、いつか彼女の友だちが話した或女のことを思い出した。彼女はパリに住んでいるうちにだんだん烈《はげ》しい懐郷病に落ちこみ、夫の友だちが帰朝するのを幸い、一しょに船へ乗りこむことにした。長い航海も彼女には存外苦痛ではないらしかった。しかし彼女は紀州沖へかかると、急になぜか興奮しはじめ、とうとう海へ身を投げてしまった。日本へ近づけば近づくほど、懐郷病も逆に昂《たか》ぶって来る、――甲野は静かに
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