《かく》世間並みに出来上った男に違いなかった。が、彼女の軽蔑《けいべつ》する一匹の雄《おす》にも違いなかった。こう云う彼等の幸福は彼女には殆《ほとん》ど不正だった。彼女はこの不正を矯《た》める為に(!)重吉に馴《な》れ馴《な》れしい素振りを示した。それは或は重吉には何ともないものかも知れなかった。けれどもお鳥を苛立《いらだ》たせるには絶好の機会を与えるものだった。お鳥は膝頭《ひざがしら》も露《あら》わにしたまま、「重吉、お前はあたしの娘では――腰ぬけの娘では不足なのかい?」と毒々しい口をきいたりした。
しかしお鈴だけはその為に重吉を疑ったりはしないらしかった。いや、実際甲野にも気の毒に思っているらしかった。甲野はそこに不満を持ったばかりか、今更のように人の善いお鈴を軽蔑せずにはいられなかった。が、いつか重吉が彼女を避け出したのは愉快だった。のみならず彼女を避けているうちに反《かえっ》て彼女に男らしい好奇心を持ち出したのは愉快だった。彼は前には甲野がいる時でも、台所の側の風呂へはいる為に裸になることをかまわなかった。けれども近頃ではそんな姿を一度も甲野に見せないようになった。それは彼が
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