なものはありませんが、せめて鹿の生胆《いきぎも》か熊の孕子《はらみご》でも御馳走《ごちそう》しましょう。」と云いました。
しかし髪長彦は首をふって、
「いや、いや、己《おれ》はお前がさらって来た御姫様をとり返しにやって来たのだ。早く御姫様を返せばよし、さもなければあの食蜃人《しょくしんじん》同様、殺してしまうからそう思え。」と、恐しい勢いで叱りつけました。
すると土蜘蛛は、一ちぢみにちぢみ上って、
「ああ、御返し申しますとも、何であなたの仰有《おっしゃ》る事に、いやだなどと申しましょう。御姫様はこの奥にちゃんと、独りでいらっしゃいます。どうか御遠慮なく中へはいって、御つれになって下さいまし。」と、声をふるわせながら云いました。
そこで髪長彦は、御姉様の御姫様と三匹の犬とをつれて、洞穴の中へはいりますと、成程ここにも銀の櫛《くし》をさした、可愛らしい御姫様が、悲しそうにしくしく泣いています。
それが人の来た容子《ようす》に驚いて、急いでこちらを御覧になりましたが、御姉様《おあねえさま》の御顔を一目見たと思うと、
「御姉様。」
「妹。」と、二人の御姫様は一度に両方から駈けよって、暫
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