出せ。」と云いました。と、すぐに白犬は、
「わん、わん、御妹《おいもとご》様の御姫様は笠置山《かさぎやま》の洞穴《ほらあな》に棲《す》んでいる土蜘蛛《つちぐも》の虜《とりこ》になっています。」と、主人の顔を見上げながら、鼻をびくつかせて答えました。この土蜘蛛と云うのは、昔|神武天皇《じんむてんのう》様が御征伐になった事のある、一寸法師《いっすんぼうし》の悪者なのです。
 そこで髪長彦は、前のように二匹の犬を小脇《こわき》にかかえて御姫様と一しょに黒犬の背中へ跨りながら、
「飛べ。飛べ。笠置山の洞穴に住んでいる土蜘蛛の所へ飛んで行け。」と云いますと、黒犬はたちまち空へ飛び上って、これも青雲のたなびく中に聳えている笠置山へ矢よりも早く駈け始めました。

        四

 さて笠置山《かさぎやま》へ着きますと、ここにいる土蜘蛛《つちぐも》はいたって悪知慧《わるぢえ》のあるやつでしたから、髪長彦《かみながひこ》の姿を見るが早いか、わざとにこにこ笑いながら、洞穴《ほらあな》の前まで迎えに出て、
「これは、これは、髪長彦さん。遠方御苦労でございました。まあ、こっちへおはいりなさい。碌《ろく》
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