。」と云いながら、斑犬《ぶちいぬ》の背中を一つたたいて、
「噛め。噛め。この洞穴の奥にいる食蜃人を一噛みに噛み殺せ。」と、勇ましい声で云いつけました。
すると斑犬はすぐ牙《きば》をむき出して、雷《かみなり》のように唸《うな》りながら、まっしぐらに洞穴の中へとびこみましたが、たちまちの中にまた血だらけな食蜃人の首を啣《くわ》えたまま、尾をふって外へ出て来ました。
ところが不思議な事には、それと同時に、雲で埋《うず》まっている谷底から、一陣の風がまき起りますと、その風の中に何かいて、
「髪長彦さん。難有《ありがと》う。この御恩は忘れません。私は食蜃人にいじめられていた、生駒山の駒姫《こまひめ》です。」と、やさしい声で云いました。
しかし御姫様は、命拾いをなすった嬉しさに、この声も聞えないような御容子《ごようす》でしたが、やがて髪長彦の方を向いて、心配そうに仰有《おっしゃ》いますには、
「私《わたくし》はあなたのおかげで命拾いをしましたが、妹は今時分どこでどんな目に逢《あ》って居りましょう。」
髪長彦はこれを聞くと、また白犬の頭を撫《な》でながら、
「嗅げ。嗅げ。御姫様の御行方を嗅ぎ
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