》へ来て見ますと、成程山の中程に大きな洞穴《ほらあな》が一つあって、その中に金の櫛《くし》をさした、綺麗《きれい》な御姫様《おひめさま》が一人、しくしく泣いていらっしゃいました。
「御姫様、御姫様、私《わたくし》が御迎えにまいりましたから、もう御心配には及びません。さあ、早く、御父様《おとうさま》の所へ御帰りになる御仕度をなすって下さいまし。」
こう髪長彦が云いますと、三匹の犬も御姫様の裾や袖を啣《くわ》えながら、
「さあ早く、御仕度をなすって下さいまし。わん、わん、わん、」と吠えました。
しかし御姫様は、まだ御眼に涙をためながら、洞穴の奥の方をそっと指さして御見せになって、
「それでもあすこには、私《わたし》をさらって来た食蜃人が、さっきから御酒に酔って寝ています。あれが目をさましたら、すぐに追いかけて来るでしょう。そうすると、あなたも私も、命をとられてしまうのにちがいありません。」と仰有《おっしゃ》いました。
髪長彦はにっこりほほ笑んで、
「高の知れた食蜃人なぞを、何でこの私《わたくし》が怖《こわ》がりましょう。その証拠には、今ここで、訳《わけ》なく私が退治して御覧に入れます
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