くは互に抱《だ》き合ったまま、うれし涙にくれていらっしゃいました。髪長彦もこの気色《けしき》を見て、貰い泣きをしていましたが、急に三匹の犬が背中の毛を逆立《さかだ》てて、
「わん。わん。土蜘蛛《つちぐも》の畜生め。」
「憎いやつだ。わん。わん。」
「わん。わん。わん。覚えていろ。わん。わん。わん。」と、気の違ったように吠え出しましたから、ふと気がついてふり返えると、あの狡猾《こうかつ》な土蜘蛛は、いつどうしたのか、大きな岩で、一分の隙《すき》もないように、外から洞穴の入口をぴったりふさいでしまいました。おまけにその岩の向うでは、
「ざまを見ろ、髪長彦め。こうして置けば、貴様たちは、一月とたたない中に、ひぼしになって死んでしまうぞ。何と己様《おれさま》の計略は、恐れ入ったものだろう。」と、手を拍《たた》いて土蜘蛛の笑う声がしています。
 これにはさすがの髪長彦も、さては一ぱい食わされたかと、一時は口惜しがりましたが、幸い思い出したのは、腰にさしていた笛の事です。この笛を吹きさえすれば、鳥獣《とりけもの》は云うまでもなく、草木《くさき》もうっとり聞き惚《ほ》れるのですから、あの狡猾《こうか
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