つ》な土蜘蛛も、心を動かさないとは限りません。そこで髪長彦は勇気をとり直して、吠えたける犬をなだめながら、一心不乱に笛を吹き出しました。
するとその音色《ねいろ》の面白さには、悪者の土蜘蛛も、追々《おいおい》我を忘れたのでしょう。始は洞穴の入口に耳をつけて、じっと聞き澄ましていましたが、とうとうしまいには夢中になって、一寸二寸と大岩を、少しずつ側《わき》へ開きはじめました。
それが人一人通れるくらい、大きな口をあいた時です。髪長彦は急に笛をやめて、
「噛め。噛め。洞穴の入口に立っている土蜘蛛を噛み殺せ。」と、斑犬《ぶちいぬ》の背中をたたいて、云いつけました。
この声に胆をつぶして、一目散に土蜘蛛は、逃げ出そうとしましたが、もうその時は間に合いません。「噛め」はまるで電《いなずま》のように、洞穴の外へ飛び出して、何の苦もなく土蜘蛛を噛み殺してしまいました。
所がまた不思議な事には、それと同時に谷底から、一陣の風が吹き起って、
「髪長彦さん。難有《ありがと》う。この御恩は忘れません。私《わたし》は土蜘蛛にいじめられていた、笠置山《かさぎやま》の笠姫《かさひめ》です。」とやさしい声が
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